平成生まれのふたりが平成生まれの軽に乗り、昭和生まれの沢田研二のヒットソングメドレーを聴きながら、前橋市内の飲食店の看板にツッコミを入れていた。
「550円?何がだよ!」
「色合い気持ち悪いな!」
「死んじゃえよ!」
「物売るってレベルじゃねぇぞ!」
ふたりはゲラゲラ笑っていた。
信号が赤に変わる。
前には数台の車と蹴飛ばしたら壊れてしまいそうなボロいスクーターが一台。
けたたましい音を立てながら、俺たちの横をすり抜けていった。
世間はお盆休み真っ最中で、あちこちに長蛇の列ができていた。
飲食店、レジャー施設、玩具屋さん、イオン、Mr.MAX倉賀野店。
目に映る施設という施設が、人で埋め尽くされていて、ウォーキングデッドさながらの賑わいを見せている。
子連れ、カップル、派手髪の男にケバい女、カードゲームの強そうな奴とすぐ母親にキレそうなデブ。
みんな首を90度伏せ、スマホに取り憑かれて規則正しく並んでいた。
「あそこのラーメン食べた?」
「いやー大昔、出来立ての頃かね」
「あんまり美味しくないらしいじゃん」
「それであの行列?バカ舌べえなんな!」
2人はまたゲラゲラ笑った。
下痢便を垂れ流すような生産性の無い会話を数回繰り返したら、ふたりは黙る、そしてまたどちらかが話しかける、そんな事を繰り返していくうちに、少しこの狭い車内の居心地が良くなった気がした。
ハンドルを握る手がじんわりと汗ばんできた頃、何十回目の信号機と何度目かの交差点に差し掛かる。
コングクリーニングの看板が風に煽られ揺れ、反射させた太陽の光を、俺の視界の右斜め上辺りにチカチカと送り込んでくる、鬱陶しい。
さっさとここからいなくなってしまおうと、無意識の手つきでウィンカースイッチを上にはじき、ようやく変わった信号機の指示に従うと、ひとりの年寄りが交差点を横断しようとしているのが見えた。
白髪は禿げ上がっていて、所々にシミと汚れができているその年寄りは、ローションを塗りたくられた靴を履いているかのように、足取りはおぼつかない様子で、まるで進みながら後退しているようだった。
「マイケルジャクソンか!」
左折ウィンカーが5回点滅したところで俺たちは我慢できなくなっていつものくだらない冗談を吐き出していた。
ハンドルを握る右手の中指で、トントントンとリズミカルに苛立ちのビートを奏ながら、すっ転がりそうな速度で渡っている年寄りを馬鹿みたいに見送っている。
今思えばとりわけ苛立っているわけではなかったのだけれど、外気の茹だる暑さとウィンドウ越しに差し込んでくる紫外線に、鬱陶しさと八つ当たりしたい衝動で、何かとても悪い事がしたくなったのかも知れない。
「M.Jにしちゃあ見るからにビンボーだろ」
「老い先短し急げよ年寄、ってね」
「ははは、じゃああれ轢いていい?」
俺はアクセルを踏んでいた。
力いっぱい踏んでいた。
軽自動車の馬力はたかが知れているはずなのに
グンッ、と踏み込んだその瞬間、目に写る全ての景色が一瞬で遥か後方に吹き飛んだ。
フロントガラス越しに熟したトマトを踏み潰したような粉砕音が、車内に響き渡る。
俺はアクセルを緩めなかった。
さっきより深く踏み込んだ。
そして踏み込んだアクセルと同じ力でブレーキを踏み込んだ。
熱せられたアスファルトと急ブレーキをかけたタイヤの隙間から、悲鳴のように鳴ったスキール音が景色と共に遥か後方に取り残された俺の意識を現実に引き戻す。
軽自動車に突っ込まれて事故にあったという人間を、その日初めて目撃した。
思っていたよりも軽く、2メートルは吹き飛ばされたであろうその身体は、四肢はついているもののあるべき方向を向いていないものや不規則に曲がってしまい、明後日の方角を向いてしまったりしている。
隣の席の平成生まれは笑っていた。
それに釣られて思わず俺も笑ってしまう。
何かに取り憑かれたように2人は笑っていた。
誤作動したワイパーが、血糊を洗い流し終わる頃、平成生まれの1人が喋り始める。
「老い先短えし、いいんじゃね、それよりなんか俺腹減った気がする」
「ね、お腹すいたんね」
「あそこのうどんでも食いに行くか」
「あそこのうどん、あまり美味しくないみたいじゃん」
「なんだそれ!バカ舌べえなんな!」
ふたりはゲラゲラ笑った。
いつまでも笑っていた。
吹き飛ばされたそれも、ゲラゲラ笑っていた。
とっぴんぱらりのぷう。
老い先短し急げよ年寄り
なんてな、今さっきそんな夢を見たんだぜ。
みんなも交通事故には気をつけてくれよな(^^)
ゆっくりしていきなよ、そんな焦るなって!