朝帰りラプソディー

「痛い」

「んー、好きに噛んでいいって言ったじゃん」

「いい、噛んで欲しい」

「かみかみ」

「痛い」

「ん、痛いんならよすよ」

「いいの、噛んで」

「かみかみ」

「痛い」

「かみかみ」

「んー、痛いー」

「かみかみ、かみかみ」

「いーーーたーーーいーーー」

 

あ、しまった。

さっき飲んでた店にタバコ置いてきちゃった。

開けたばかりなのに。

赤いタバコ、俺の好きなソフトのやつ。

しゃあねえ買って帰るか、駅前のローソンに確か置いてたし。

 

「なんの匂い?」

「え?普通に柔軟剤じゃない?」

「そーなん、すげー好き」

「単純だねえ〜」

「バカで結構、コケコッコ〜」

「自分ばっかり噛んでずるいじゃん」

「俺はいいの、痛いの嫌だし」

「痛くしてるじゃん」

「そう、痛くしてるの」

 

あ、しまった。

タバコ買ったら帰りの電車賃ねえじゃん。

くー、痺れるねえ。

朝駅まで行く時やんわり聞いてみようかな。

「タバコ、いっすか。」って。

ダサすぎるぜ、サンキュー。

 

「ねえ待ってどうしよう、寝られないんだけど」

「最高じゃん、明日仕事だべ?」

「そうだけど寝られる気がしない」

「最高じゃん、気合が足んねえんだべ」

「寝るのに気合を入れるってなに?」

「さあ?」

「こちょこちょ」

「ちょ、マジで、寝れなくなるから」

「こちょこちょ」

「マジ、マジで」

「こちょこちょ〜」

「っは!っひひ!っほひょ!!」

「こちょこちょ〜こちょこちょ」

「だっひひひひひひ〜!」

 

換気扇が回ってる。

2人のお気に入りの煙を吸って回ってる。

 

「タバコやめねん?」

「やめないけど電子にしようかな」

「そーなん?ロックが泣くじゃんね」

「そうも言ってられないの、ほら、アレが、ね」

「あー、なるほどですね」

「そう、でもこれは一生吸います」

「年取ってもお互いかっこよくいようぜ」

「最高のジジイと最高のババアになりたいですね」

 

壁にもたれてタバコを齧る2人の背中。

白い壁にヤニをつける生きてる証。

2人分の食器。

2人分の歯ブラシ。

2人分の枕。

一つはお前さんので、もう一つは誰の?

俺のじゃないのは確かなんだけどさ。

 

「天気良くてよかったね」

「ねー、雨予報だったけど」

「てか、意外に寝相悪くてビックリしたよ」

「え、嘘、どんなんでした?」

「もう、こんなよ」

「え、他は?」

「これが、これで、これもんよ」

「えー恥ずかしいんですけどやめてください」

「やめない、また飲もうよ」

「えー、じゃあこの香水のブランド当てられたら考えてあげます」

「なんてこったい、いい匂いのする大人から漂ってくるいい匂いじゃダメかい」

「ダメです」

「そうかい」

「そうですよ」

世間はど平日、繁忙期真っ只中の出勤時間。

電車に揺られるアホのフーテンが1人。

ホズラ垂れ流し携帯をいじってる。

あ、しまった、タバコおねだりするの忘れてた。

あ、しまった、借りっぱなしのハンカチも返し忘れた。

んー、あの香水、どこのなんなんだろう。

次会った時にでも教えてもらうかね。