よう、そこのデブ

「だからあ、ステージの上でだらしのねえ身体してる奴が偉そうにMCしてんのが気に入らねえの、てめえの身体のメンテナンスもできねえ奴が何を人様の前で偉そうな事言ってんの?そんなん説得力のカケラもねえじゃんねぇ!」

 

そう豪語して、間髪入れずに俺はLサイズのアイスコーヒを、音を立てて飲み干した。

ゴンっ!っと乱暴に置かれたコップが少し大きな音を立てて店中に響き渡る。

隣の席に座っていた女子大生風の2人は、少し怪訝な顔でこちらを見てきたが、こっちはそれどころじゃない、当てつけ用のない怒りの拠り所を探すので一生懸命だったからだ。

「俺お前のそう言うところ好きだよ」

大親友のアイツは言ってくれた。

そもそも大親友の彼がいなければ、俺は醜い体型の奴に対してヘイトを吐き出す事はなかっただろうと思う。

「その熱量をわかってくれない奴は所詮それまでなんだよ、もちろんそいつが悪いわけじゃない、価値観の違いだからね」

彼はそう言いながらマスクを顎の先に引っ掛け、同じくLサイズのアイスコーヒを静かにすすった。

「わかっちゃいるんだけどさー、結構ツラいぜ、そんでついつい食っちまうわけよ、そしたら立ち所にリバウンドさね、開けてみりゃびっくり、ほら、おデブちゃんの誕生日パーティーの開催決定さ」

俺は自分の下っ腹をつまんでブルンブルンと震わせてみせた。

「まだいい方だろ、俺も説得力のない奴の歌詞なんて聞く気にもならないしね」

「ハリボテなんだ、俺も一緒、見た目だけ頑張っても中身がすっからかんだ、何言っても誰にも何も響かない、まだまだ全然足らねえな」

土曜日の喫茶店では、いろんな人間がそれぞれ思い思いの世界を楽しんでいた。

恋人同士、友達同士同性同士老夫婦お一人様。

さっきからの彼の熱弁は大したもので、俺自身「あー」や「なるほど」「うん、へえ」などと語彙力の欠落した返事ばかりを全自動で垂れ流しているだけだった。

彼は話し上手で、難しい言葉も嫌味なく使う、側から見れば宗教の勧誘かそれとも特殊なサークルの仲間同士なのかと思われるくらいには異質な会話を続けていたと今となっては思う。

「俺はわかって欲しいだけ、デブは恥ずかしい事なんだって、でももちろんみんながみんなくだらねえデブなわけじゃない、かっこいいデブもいる、もちろんそう言う人たちはデブであるが故の溢れんばかりのユーモアがあるじゃないか、そういうのはいいんだよ、ただだらしのないデブが嫌いなだけ」

彼は真っ直ぐに俺の目を見ていた。

「なるほど」

静かに彼の口からこぼれ落ちたその一言は、どれほどの深みと味わいがあるのか、今となっては知る余地も無いけれど。

アイスコーヒーが空になって、カランと音を立てた。

別れのチャイムがなった気がした。

「まあ気楽に電話してきてよ、何があったかはわからないけど、そう言う電話も気楽にできる仲だと俺は思ってるよ」

彼はいつもの顔で、淡々と言っていた。

「ありがとう」

俺は少し嬉しくて恥ずかしくなって、そそくさとマスクで顔を隠した。

もっと話したい事がたくさんあった。

数少ないスーパーリスペクトを持てる大親友。

もっと身体鍛えるからよ、もっとカッコよくなっからさ、また定期的に遊ぼうぜ、そんでコーヒー飲みながらデブの話しさせてくれよ。

お会計をして店を出る頃、彼の背中がめちゃくちゃ大きく見えすぎてしまって、俺は少し惨めな気持ちになりましたとさ。

とっぴんぱらりのぷう。